【エルサレム】トランプ大統領が大使館をエルサレムに移転したら起こる問題

なぜトランプ大統領イスラエルの首都宣言をしたことが問題なのか

書いていきます。

 

 

2018年にトランプ大統領イスラエルの首都をエルサレムと宣言、

そしてアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転しました。

 

イスラエルのネタニヤフ首相はこのトランプ大統領の決断を歓迎しました。

逆にパレスチナ自治政府アッバス議長は批判しました。

 

そもそもエルサレム国際連合の管理下にあるので、

イスラエルの首都ではありません。

 

ではなぜ、トランプ大統領イスラエルの首都をエルサレム

宣言したのか、書いていきます。

 

 

エルサレム大使館法

 

1995年に「エルサレム大使館法」という法律がアメリカ議会上下院で

通過しました。

これはイスラエルにある大使館をテルアビブからエルサレムに移転させるという法律です。

しかしこの法律は大統領が六カ月ごとに移転の先送りを命じることを認める文言があり

歴代の大統領は大使館の移転を先送りにしていました。

 

この法律が登場する前に1993年にイスラエルパレスチナ解放機構PLO)によってオスロ合意と呼ばれる協定が結ばれました。

オスロ合意はイスラエルパレスチナの両者が相互の存在を認めた上でイスラエル

占領地域から撤退して、その土地をパレスチナ自治政府自治を認めるとのことでした。

 

つまり和平が進めば

占領地がパレスチナ自治政府に返され、

イスラエルパレスチナの2国が成り立つというものでした。

ですが、イスラエルの和平反対者はイスラエルパレスチナの土地を返す必要は

ないと考えオスロ合意に反対していました。

 

そんな中、1995年の10月に当時のイスラエルのラビン首相がアメリカに訪問する

予定がありました。

当時アメリカには多くの和平反対者がおり

翌96年はエルサレム建都3000年の節目であることから

和平反対者には何らかの措置が必要になっていました。

 

その措置として「エルサレム大使館法」は和平反対者に対して

どうしても成立させる必要がありました。

ラビン首相が訪問するまでに「エルサレム大使館法」を成立させ、

ラビン首相は「エルサレムは不可分で国家としてイスラエルの首都として永続的である必要がある」と演説しました。

 

しかし、この10日後にラビン首相は和平反対者の青年に殺害されます。

 

和平に向けて進んでいた状況がひっくり返り、

状況が滞ることになり、緊張状態が続くことになりました。

20年以上前に移転は決まっていますが、

歴代大統領は外交において悪影響がでることを懸念して

エルサレム大使館法」を先送りにして移転実行はしていませんでした。

 

ところが、突如2018年にトランプ大統領

イスラエルの首都をエルサレムだと宣言しました。

 

なぜ、批判されることが分っていながら

エルサレムの首都宣言をしたのか?

 

これはアメリカ大統領選でトランプ大統領が掲げていた

選挙公約を守るためです。

それはトランプ大統領を応援してくれている

ユダヤ・ロビー」に配慮した結果なのです。

 

これは次の大統領選を見据えて

歴代の大統領はできなかったが自分はやったんだ、というパフォーマンスです。

自分の能力を見せつけるアピールです。

 

アメリカの選挙ではユダヤ票が勝敗を左右する重要な要素になり

その中でも福音派の票がおおきな要素になるようです。

ちなみに副大統領のマイク・ペンス福音派だそうです。

福音派とは聖書を忠実に尊守していこうとするキリスト教徒の宗派。

聖書に「神がイスラエルの地をアブラハムの子孫(ユダヤ人を指す)に与えた」という記述があり、パレスチナエルサレムを含む)の地はユダヤ人が支配すべきであると考えているのだそうです。

つまり神が与えたエルサレムユダヤ人が管轄しなければいけないと彼らは思っています。

 

アメリカが大使館を移転することでイスラエルパレスチナ

和平の道はさらに悪くなるのは必須です。

 

今後どのように中東が動いていくのか要注意です。