エルサレムはどこの国?エルサレム問題とは一体何なのか?
こんにちは!
りょーです。
2018年にトランプ大統領がイスラエルの首都はエルサレムだと宣言して
大きな話題になりましたね。
そもそもなぜ首都宣言がこんなに大きな問題なのか、
エルサレム問題と何なのか分からなかったので調べてみました。
まずエルサレムとは
前回の記事でも書きましたが、エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教それぞれの聖なる地がある場所です。
つまり3つの教徒にとっては絶対に譲れない場所なのです。
歴史的背景
エルサレム含むパレスチナの地域はイギリスの管理下になります。
また同時に第一次世界大戦中にイギリスは戦争の資金を得るために
ユダヤ人の富裕層に対してパレスチナにナショナルホーム(ユダヤ人の故郷となるべき土地を作ること)設立を認める書簡を送ります。
これにより、ユダヤ教の聖地の「嘆きの壁」があるエルサレムに多くのユダヤ人が
植入します。
その結果、元々この土地に住んでいたアラブ人と対立をするようになります。
そしてイギリスはこのユダヤ人と現地に元々住んでいたアラブ人との
対立を抑え込むことができない状態になります。
1947年に国連のパレスチナ分割決議で
パレスチナの土地の56.5%をユダヤ国家、43.5%をアラブ国家とすることで
イスラエル、アラブの2国を建設することに。
エルサレムは国連の管理下となりました。
この提案をアラブ側は拒否、イスラエル側は1948年のイギリス軍の撤退にあわせて「独立」を宣言します。
途中整理
第一次世界大戦でエルサレム含むパレスチナの地域はイギリス管理下になった。
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エルサレムに植入したため、現地に元々住んでいたアラブ人と対立
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イギリスは両者の対立を抑え込めなくなった
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国連がパレスチナ分割決議によって
パレスチナの土地をイスラエル(ユダヤ人)、アラブ(現地に元々住んでいた人)の
2つに分け、国を建設する。
エルサレムは永続的に国連が管理することになったが、アラブが拒否。
パレスチナの同朋を救うことを名目に戦争を起こします。(第一次中東戦争)
この結果、アラブはイスラエルに敗れ、
アラブのパレスチナ大半の土地をイスラエルに渡すことになります。
ですが、ヨルダンがヨルダン川の西岸の一部、エルサレムの東側(3つの宗教の聖地がある土地)に留まることになりました。
ヨルダンは1949年にイスラエルとの停戦協定を結び、翌年、西岸と東エルサレムを併合しました。
そして1967年に始まった第3次中東戦争によってイスラエルはエルサレムの全域を占領し、「分割されない永遠の首都」だと宣言しました。
この宣言後、イスラエルの首相や閣僚たちがエルサレムの問題について語る際には、エルサレムという街の名前の前に「統一された」や「不可分の」とか「永属的な」という
という言葉をつけ加えます。
つまりエルサレムはすべてユダヤ人のもので、キリスト教、イスラム教と分割することはできないという宣言です。
途中整理
イスラエルの独立を防ぐためにアラブが戦争を起こす
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アラブがイスラエルに敗北。パレスチナのほとんどの土地を奪われる。
ヨルダンはヨルダン川の西岸の一部、エルサレムの東側(3つの宗教の聖地含め)に留まる
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停戦協定でヨルダンが西岸と東エルサレムを併合
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「分割されない永遠の首都」だと宣言。(エルサレムはユダヤ人の土地だと宣言)
第三次中東戦争でイスラエルがエルサレムを自国の首都だと宣言しましたが
国連の管理下と決まっているので違法になります。
また1967年の第三次中東戦争によってイスラエルに「占領」されるまで、東エルサレムはヨルダン領でした。
そのため、現在でも旧市街のイスラム教の聖地であるアル・アクサ・モスクの管理は、ヨルダンが行なっています。
またアル・アクサ・モスクの周辺には「嘆きの壁」があります。
ヨルダンとイスラエルは国交がないのでユダヤ人は「嘆きの壁」にはいけません。
政治的、宗教的にも大きな意味があるのです。
つまり、ユダヤ人にとって聖なる場所「嘆きの壁」があるエルサレムを
イスラエルの国の首都にしたい。
実際に2018年にイスラエル国会で
イスラエルを「ユダヤ人の国」とする法律が賛成多数で可決しました。
エルサレム問題はエルサレムの帰属どう解決するかをめぐる問題です。
イスラエルが首都宣言をしましたが、国連の管理下であるため、
違法行為となっております。
解決の糸口がなかなかでてきておりません。
加えてトランプ大統領がアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると
言って大きな問題になりました。
今度は、なぜトランプ大統領がイスラエルの首都をエルサレムにすると宣言したのかを
書きたいと思います。